May.27,28.2012 徳之島 Tokunoshima


早朝5時50分、名瀬港を出航した船は、午前9時ころ徳之島に到着します。


徳之島は、徳之島町、伊仙町、天城町の三町からなり、徳之島町亀徳港が、海の表玄関となっています。


マルエーフェリーとマリックスラインの二社が、鹿児島港から那覇港まで、奄美群島の各島に寄港し、交互にほぼ毎日運行しています。





フェリーには、徳之島の球児が乗船していました。離島の学校は、県大会に出場するにも、遥か離れた本土まで遠征になり、このフェリーで一晩かけて移動します。徳之島は野球の盛んな島で、鹿児島県自体が全国区の強豪県であるなかで、徳之島の学校は強豪校として名を連ねています。


亀徳港に停泊中のフェリー。さすがに外洋の幹線航路だけあり、大型のフェリーです。



徳之島町の中心で、徳之島最大の町の亀津市街。港湾自体は亀徳地区ですが、フェリー乗り場はその端で、亀津地区にあります。両者は一続きの街区になっています。


離島にも全国チェーンの100均が。でもどこかローカル。


民主党政権で、普天間基地の徳之島移設問題が揉めに揉めた名残。


徳之島は、周囲およそ80km。周回コースは自転車競技にほどよい距離で、比較的平坦で、海もあり、トライアスロンのコースを設置するのにちょうどいいようです。


そんな徳之島を、自転車で一周することにします。


まず見かけたのが、闘牛の像。徳之島は闘牛の盛んな島で、起源は明確ではありませんが、島津藩政時代には既に盛んだったそうです。


徳之島は、中央に高い山はありますが、比較的平坦で、周囲はサンゴ礁に囲まれています。今日は雲が多いですが、晴れた日には海の青さも際立つでしょう。


亀津から南へ、市街地を外れると、奄美群島の典型的な平屋の家。土地が比較的あることと、台風の通り道で暴風にさらされることから、平屋のトタン屋根の家が基本です。


古い井戸。屋根の形が特徴的です。


珊瑚の石垣も見られます。


奄美大島と異なり、平地が広がります。


伊仙町の中心部。


町の中心と言っても、比較的平坦で集落が散らばっているため、さほど大きい市街ではありません。


徳之島の物産館。島の農水産物が並びます。







徳之島にも、奉安殿が残されています。壁にあく穴は、大戦末期、米軍の機銃掃射にさらされた跡。戦争の痕跡が、生々しく残ります。



徳之島にも、高倉が残ります。形は奄美大島と同じ、4本足のもの(この先、沖永良部島では6本、与論島では9本になります)。




徳之島は、比較的平坦ですが、海岸線から台地の上まではかなりの高低差があり、海に流れ込む川は、深い峡谷を刻みます。


徳之島で最も印象的だったのは、この城壁のような石垣。






まさに城のようですが、一般の民家です。家の人に伺った所、この辺りは、一族で暮らしていて、歴代の町長も輩出した名家だそう。その本家という事もあって、城のような立派な石垣があるようです。徳之島では、このように一族で集落を作り集住しているところが多いようです。もっとも今は、皆東京などに出て行ってしまい、ここには殆ど人が残っていないそうです。








島内第二の町、天城町平土野市街。ここは東シナ海に面し、徳之島の裏玄関となる平土野港があります。奄美海運の定期船が就航するほか、太平洋側の亀徳港が荒れた時の代替港の役割を果たします。



妙な形の立派な町役場。田舎に行くと、町で一番、際立って立派な建物が、役場ということはよくあります。


天城町には、空の玄関となる徳之島空港があります。鹿児島、奄美大島、沖永良部経由那覇の三航路が就航しています。



島に来るのは、すべてこの小型プロペラ機。





再び太平洋側に戻り、母間地区。


土地が赤土なのも特徴的。


再び、亀津市街に戻ってきました。徳之島では天候に恵まれず、所々小雨振る中での自転車一周でしたが、距離的にも傾斜的にも、一日で一周するのにちょうど良い規模でした。

明日は、沖永良部島に渡ります。

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