Jul.3,4.2013 おがさわら丸往路 Road to Ogasawara


旅再開の第一弾として、小笠原に行くことにしました。小笠原は、空港が無いため、フェリーが唯一のアクセス手段。東京から、最低でも片道25時間半かかるため、時間距離で言えば、アメリカより遠い日本です。船も原則週一便なので、一度小笠原に行くと、最低でも6日間は戻ってこれません(繁忙期除く)。
もっとも、単に父島・母島に行くだけであれば、一週間の休みさえ取れればいつでも行けます。しかし、硫黄島に関しては、年に一度の硫黄三島(南硫黄島・硫黄島・北硫黄島)周航クルーズが、現時点で一般人が観光で近づく唯一の手段です(硫黄島は、自衛隊の基地の島であるため、自衛隊関係者か、旧島民・親族の墓参、遺骨収集事業などでしか、上陸が許可されません)。このタイミングでこの先休みが取れるかもわかりませんので、今行くことにしました。


まずは、父島までのフェリーに乗船です。出航は、東京の竹芝桟橋から。JRですと浜松町駅が最寄りです。


浜松町駅北口から五分ほどで、竹芝桟橋ターミナルに着きます。近くに、コンビニ、牛丼屋もあります。船内や離島は物価が高いと思い、ここで飲み物等を買いだめておきましたが、結果的には、船内も小笠原も、コンビニの物価と大差ありませんでした。船内の食堂は、少し高めなので、牛丼を一食分買っておくのはいいかもしれません。


父島行き、おがさわら丸の窓口。かなりの行列で、圧倒的多数が行楽客。思っていたよりも、小笠原はリゾートの島のようです。


私が参加するのはこれ。東京から団体客扱いになります。と言っても、船内で特に団体行動があるわけではありません。ここで、座席の指定がされます。


さて、午前10時の出航に向け、おがさわら丸に乗船開始です。



小笠原は、東洋のガラパゴスと言われるほど、固有種の多い、独自の生態系を持つ島。それ故に、世界自然遺産にも指定されています。その自然を守るため、このような配慮がなされます。



父島二見港着は、翌日の11時30分。25時間半の航海です。


午前10時、定刻に東京竹芝を出航です。


出ると直ぐに、東京タワーの姿。


そして、レインボーブリッジ。まだ梅雨空の東京を離れます。


乗客は観光客ばかりなので、皆デッキに出て見物しています。



お台場。


青海埠頭には、巨大なコンテナ船。東京港の主力埠頭の一つです。


更に進むと、中央防波堤と、その埋立地。奥にはまだ真新しい東京ゲートブリッジ。


中央防波堤外側埋立地、


そして、その外側の新海面処分場。今もゴミの埋め立てが行われている、東京最後のフロンティアです。


ちなみに、この最後のフロンティア(中央防波堤内側埋立地、外側埋立地、新海面処分場)は、未だ江東区と大田区が帰属を巡り「領有権争い」を行なっているため、正式に所属が決まっていない、行政上も特殊な場所でもあります。


遠くには、蜃気楼のように立つスカイツリー。


ここまで来ると、羽田空港は直ぐ対岸。着陸する飛行機が滑空してきます。



羽田を過ぎると、東京湾アクアラインを越えます。川崎側の人工島「風の塔」。道路を走る限り目にすることはありませんが、東京湾を航行する船からは、そのヨットのような形は、とてもシンボリックです。


遠くには海ほたる。


アクアラインを越えると、間もなく横浜に差し掛かります。


横浜港と、向こうに見える、みなとみらい地区。


反対側を振り返れば、千葉県君津の新日鐵住金の巨大な製鉄所が見えます。


横浜沖の漁船。東京湾でとれた魚は、いわゆる江戸前の魚として出荷されます。


横須賀には、住友の造船所が見えます。


横須賀沖には、先日(5月19日)に訪れた、猿島が見えます。東京湾唯一の自然島です。



猿島の反対、千葉県側に見えるのは、人工島の第二海堡。第二海堡は、東京湾防衛のため、明治時代に建設が始まり、1914年に完成。猿島や、後述の第一海堡、第三海堡とともに東京湾要塞の一部となりましたが、1923年の関東大震災で損壊し、第二海堡は運用廃止となりました。


もっとも、大戦中は海軍が使用し、戦後は灯台が設置され、消防演習場としても利用されています。10年程前までは、釣り場として船で渡る人も居ましたが、現在は無許可での立ち入りは禁止されています。



こちらは、富津岬に程近い、第一海堡。やはり東京湾要塞の一部として運用されていました。


ちなみに、第三海堡は、関東大震災で3分の1が浸水したため、放棄され、その後浸食が進み、暗礁と化し、船舶航行に危険を生じさせたため、2000年から2007年にかけて撤去工事が行われたため、現在見ることはできません。


さて、観音崎を過ぎると、東京湾内湾を出て、浦賀水道に入ります。


右手に、三浦半島の先端の城ヶ島、


左手には、房総半島の洲崎。この2つを結ぶラインを越えると、東京湾を出て、相模灘になります。


東京湾を出ると、通常は父島まで直線の航路を取りますが(地図右線)、今日の航海は、硫黄島クルーズ接続特別便のため、伊豆七島に近い航路(地図左線)を通り、島を間近に見られます。


伊豆諸島最初の島にして、最大の島、伊豆大島。


続いて右から順に、利島、鵜渡根島、新島、式根島、神津島。次第に梅雨空から夏空へと変わって行きます。


三宅島。2000年の大噴火と全島避難は記憶にある所でしょう。既に帰島を果たし、山頂付近以外の立ち入り制限は解除されていますが、今でも火山活動は活発で、火山ガスの発生もあります。



伊ヶ谷地区


阿古地区


溶岩流の流れた跡も見られます。



三宅島のすぐ南にあるのは、御蔵島


海岸線は急峻で、街区は一箇所に固まります。


裏側は断崖


暫く間が開いて、午後6時頃に、八丈島近海へ。本航海は、左の八丈島と右の八丈小島の間を通過します。



八丈富士


八丈小島


八重根漁港周辺



八丈島から更に南へ、日も暮れ薄暗くなる頃に、伊豆諸島最後の有人島、青ヶ島。


青ヶ島村は、人口195人と、日本一小さな村。しかし、その明かりは海上からも見え、確かにそこに人の暮らしがあることがわかります。


夕飯は、船の食堂で。


ステーキ定食(小笠原の塩つき)1300円。


閉店間際だったので、空いていました。残念ながら、営業時間外は食堂ラウンジは開放していませんでした。共有ラウンジが僅かなスペースしか無いのが、この船最大の欠点。食堂を開放すれば済む話なのですが。


翌朝目が覚め、外に出ると、むわっと南の海の風。


食堂で朝食。


これで760円。ちょっと高め。


そうこうしているうちに、小笠原諸島の入り口、聟島列島。いまは無人島です。


驚くのは、海の青さ。透明度の高い海水が、深海深くまで溜まり、「青色」の青を見せてくれます。


午前11時前、いよいよ父島列島が見えてきます。




父島、二見湾に入ります。


父島の、小笠原の中心の、大村地区


そして、小笠原の玄関、二見港に到着です。


小笠原には空港がないので、ここが唯一の玄関口。そしてこの船が生活物資を運ぶ、島民の命綱。出迎えの人で港は賑わいます。


そして、25時間半の航海を終え、午前11時半、小笠原父島に降り立ちます。


今日は、午後7時に再び硫黄島に向けて出航するので、それまでの半日、父島を散策してきます。

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