Jul.4.2013 父島 Chichi-jima, Ogasawara


父島は、東京都心から南に約1000km、太平洋に浮かぶ小笠原諸島の主島です。鮮やかな青い海が美しい、南の島です。


東京竹芝から25時間半、ようやく小笠原二見港に到着です。もっとも、南米の時間感覚に慣れてしまったので、25時間半というのもさほど長いと感じませんでした。


ただ、面白いのは、一昼夜かけて、はるか南の島に来ても、ここは日本だということ。見慣れた形式の看板が並びます。




二見港を出て、左手に進むと、小笠原の中心地、大村地区のメインストリート。レストランや商店が並び、観光客の一番集まる通りです。


小笠原は世界遺産にも指定され、ロンリープラネットなど外国のガイドブックにも紹介されており、外国人観光客の姿も見られます。


小笠原の物資は、全て定期船のおがさわら丸と、不定期の貨物船に依存しています。おがさわら丸入港直後で、物資の搬出がされる前の、このタイミングは、島に物資が最も少ない時。スーパーの生鮮食品の棚はガランとしています。もし台風で船が欠航すると、物資不足に陥る、島の暮らしの難しさが伺えます。




東京から運んでくるので、基本的に商品は東京と同じ品揃え。奄美、沖縄のような、ご当地ものがあるわけではありません。



雑誌も船便のみなので、最新号の発売のタイミングもずれ込みます。


離島だから輸送費込みで高いかと思いきや、普通の値段でした。


人口も少なく、地場産業というものは殆ど無い小笠原ですが、お土産物としてこんなものが売られています。





小笠原にも郵便局があります。郵便物もおがさわら丸で運ばれるため、基本的に週一度しか本土に配送されません。今日ここで出したはがきも、3日後出航の、私の乗る帰りの便で本土に運ばれます。




小笠原警察署。このあたりに、行政機関が集まります。


信用金庫。伊豆七島と小笠原は、同じ東京の島嶼部ということで、営業範囲を同一にするものも多くあります。もっとも、双方を行き来するには、東京に一度出る必要がありますが。


大村地区の住宅街。このあたりは、宿泊施設も多く集まります。


裏山には神社。


鳥居が立ち、ここが日本の島であることを確認させます。



神社の裏山からは、大村地区が一望できます。青い空、青い海、梅雨空だった東京とは打って変わった、真夏の南の島の景色です。



中央に見えるのは、都立小笠原高校。小笠原諸島唯一の高校です。


おがさわら丸の停泊する二見港。


湾の一番奥は漁港になっています。



小笠原水産センターのプールには、ウミガメが飼われていました。小笠原近海では、ウミガメが棲息しています。


併設の、小さな水族館。


小笠原で民間人の暮らす父島、母島は、平地の少ない島ですので、農耕には適さず、主要産業は漁業です。


小笠原は、大陸と一度も地続きになったことのない海洋島。隔絶された環境のため、生態系は独自の進化を遂げ、固有種が数多く生息します。こちらは、オガサワラヨシノボリ。


こちらは、オガサワラヌマエビ。


マンホールの蓋も小笠原仕様。イルカと珊瑚のデザイン。



二見漁港



父島近海も、またかつて戦地でした。


大村地区から離れるにつれ、観光地区から外れた小笠原の住宅地区になります。









小笠原の自然は、世界自然遺産にも登録された大変貴重なもの。外来種による浸食がないか、調査員が監視しています。


真っ青な兄島瀬戸。



二見港と大村地区を一望。これが小笠原村の要部の全景です。


バスに乗って、島の南の方へ。道路の終点から自然散策路を歩くと、オカヤドカリなどの生物を数多く見かけます。



扇浦地区。


ここには、小笠原を発見したと伝えられる、小笠原貞頼を祭った神社があります。






父島では、オガサワラメジロと呼ばれるこの鳥を見かけます。



平地の少ない島では、このような場所も畑にしています。


境浦には、旧日本軍の輸送船、濱江丸の残骸が浮かびます。






父島の電力をまかなう、東京電力小笠原父島内燃力発電所。


今日一日は、ぐるっと父島を歩いてみました。これから再びおがさわら丸に乗船し、硫黄列島を目指します。

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