Jul.5.2013 硫黄島クルーズ Iwo Jima cruze


硫黄島、南硫黄島、北硫黄島の三島は、父島の南南東約300kmに浮かぶ島々。硫黄島は太平洋戦争末期の激戦地、映画にもなった硫黄島の戦いでその名を知る人も多いでしょう。現在は、硫黄島は自衛隊の基地の島。無人島の南硫黄島、北硫黄島とともに、民間人は暮らしておらず、定期の公共交通機関はありません。唯一の有人島の硫黄島も、旧島民の墓参や遺骨収集事業を除いては、民間人の上陸は許可されません。年に一度の、この硫黄三島クルーズが、上陸こそは出来ないものの、一般観光客が近づける唯一の機会です。


待合所でガイダンスを受けた後、父島まで乗って来た、おがさわら丸に再び乗船します。


午後七時出航。父島二見港は、夜闇に沈みます。


船は、夜のうちに南硫黄島近海まで南下し、早朝南硫黄島を二周、そこから北上し、昼頃硫黄島を一周、午後北硫黄島を二周した後、母島近海を航行し、夜に父島に戻るという行程です。


早朝6時過ぎ、目が覚め外に出ると、左舷前方に島影が。硫黄列島の南端、南硫黄島です。


山頂に雲のかかる南硫黄島は、標高916m、富士山を凌ぐ巨大な海底火山の山頂だけが、海面から突き出した島です。


島の周囲は、皇居ほど。そこに、スカイツリーの1.5倍の高さの山が聳えると考えると、その急峻さのイメージが掴めるでしょう。


島を周回しますが、どの角度から見ても切り立った円錐形です。


海岸線に平野はなく、わずかな石の海岸の先には100mはある断崖が聳えます。


急峻過ぎる斜面は、川を作ることさえ拒みます。島には淡水を得られる沢が存在しません。


このような地形が、人類の進出を阻み続け、有史以来人類が定住した記録はありません。気候的に人類の生存に適した低・中緯度の島で、人類が定住したことがない島というのは、世界でも極めて希です。その上、一度も大陸と陸続きになったことのない海洋島であり、更に標高差が大きく島の中での気候の差が大きいため、生態系が独自かつ多様に進化を遂げ、人類の影響を受けず、極めて特殊な生態系が保存されている、大変貴重な島です。小笠原が世界自然遺産に選定されたのも、この島の存在が大きいと言えます。


島は、原生自然環境保全地域に指定され、立入制限地区とされています。上陸自体極めて困難で、本格的な学術調査も過去に3回行われたに過ぎません。その調査も、唯一とも言える登頂ルート周辺に限られ、いまだ島の自然の全貌は明らかにされていません。そのような、本物の秘境が、日本にあるということが、驚きでした。


最後まで、南硫黄島の山頂は雲の中でした。南硫黄島を二周した船は、進路を北に取り、硫黄島へ向かいます。


南硫黄島とは打って変わって、平らな島影が見えると、それが硫黄島。ぽこりと出る、高さ169mの擂鉢山が目印となります。



擂鉢山は島の噴火口ですが、太平洋戦争の硫黄島の戦いの激戦で、米軍の砲撃により海側が崩落しています。



島は、今も年25cmという、極めて早い速度で隆起する火山島。島の海岸線には、噴煙を上げる噴火口。周囲は、島の名前の由来となる、硫黄の色に染まります。




硫黄島は、現在も自衛隊の基地がある有人島。基地の建物が、海からも見られます。もっとも、戦前は1000人ほどの人が暮らす、硫黄島村がありました。しかし、戦争の激化で全員が強制疎開、戦後は米軍に接収され、日本復帰後も民間人の帰島は許されていません。



右手に見える砂浜が、米軍が上陸した海岸。


硫黄島の戦いでは、日本軍死者2万129名、米軍死者6821名、負傷者2万1865名の多大な犠牲者が出ました。


今もこの地に眠る英霊に、皆で献花をし、黙祷をします。


硫黄島を離れた船は、更に北上し、北硫黄島を目指します。


見えて来た北硫黄島の島影は、南硫黄島のそれと同様に、極めて急峻な、円錐形の島影です。


島の高さは792m、山頂には南硫黄島同様に雲をまといます。


南硫黄島と異なるのは、完全な円錐型ではなく、楕円錐型であること。




また、この島には、わずかに平地と呼べる場所があり、ここに戦前は最盛期で200人ほどの住民が生活していました。


集落は島の両側に2つありました。もっとも、学校は一つで、裏側の集落の子どもは、断崖の海岸線を歩くか、数百メートルの峠越えをして、歩いて通学するという、今ではにわかに信じがたいことが行われていました。


この島も、戦争の激化により強制疎開が行われ、以後定住者はいない無人島となりました。


去り際に、山頂の雲が取れ、島の全貌が伺えました。硫黄三島は終始好天に恵まれ、全ての島の姿を見られました。


船は、母島列島の南側から、東側という、定期船が航行しないルートで母島近海を通過しました。


硫黄三島の島影に比べると、母島の島影は、遥かに大きく感じられます。



父島近海で、太平洋の水平線に夕日が沈みます。



残光に照らされる中、船はほぼ一日ぶりに父島に戻って来ました。


今晩は父島に宿泊。夕飯は、島の名物料理、亀煮を頂きました。亀煮とは、その名の通り、ウミガメの煮物。味は、濃厚豚骨ラーメンのスープと表現するのが一番正しいと思われる味で、脂がかなり強いですが、美味でした。




No comments:

Post a Comment