Jul.6.2013 母島 Haha-jima, Ogasawara


母島は、父島から南に50km、小笠原で父島以外の唯一の民間人の住む島です。


父島から母島へは、定期船ははじま丸が運行しています。


切符は、父島二見港ははじま丸乗り場の窓口で買います。片道2時間10分。運賃は片道4630円とかなり高めです。


父島を出航します。天気もよく海も穏やかで、デッキで風を浴びるのが心地よいです。


振り返って父島が薄らいでくる頃、母島の島影が濃くなってきます。


母島の西側を航行します。


そして、母島唯一の集落のある、沖港に到着です。


母島沖港周辺は、元地という集落。戦前は島の北側の北港に集落がありましたが、現在はここが唯一の集落です。


メインストリート。かなり観光色の強い父島と異なり、母島はローカルな雰囲気です。


農協に併設された郵便局。


郵便局は、明日のおがさわら丸接続のははじま丸出航にあわせ、本土に運ぶ荷物であふれていました。


その多くは、こちら母島特産品のパッションフルーツ。甘酸っぱい香りが漂います。




その他、母島の物価はこんな感じです。


母島お土産たち。塩が目立ちます。


こちらは漁協。



ギョサンが名物らしいです。父島と母島でもデザインが違うそう。もっとも、いずれも本土の工場で作られたのを運んで来て売っているので、純粋に小笠原の産品というわけではありません。そもそも、人口2000人程度の小さな離島の村に、工業を期待する方が無理ではありますが。



港は、見事に青く透き通った海。


長閑な南の島の風景です。


駐在所、


診療所、


小中学校、





茅葺き屋根は、資料館。昔の母島の暮らしの様子が見られます。


平地の少ない島なので、集合住宅が目立ちます。


都の教職員の住宅。小笠原の人口の3分の1ほどは、公務員関係で本土から赴任して来た人たちだそうです。



島では、水は貴重です。集落のそばに、このような配水池があります。


島には神社。



東京までの距離と、サイパンまでの距離が、さほど変わらない位置にある母島。


母島を縦貫する道は、最も南にある都道です。


開拓をイメージさせる名前です。



東京のイメージとはほど遠い、南国の道。重油の輸送は大変なため、島の道路はアスファルトではなく、コンクリートで舗装されています。他の遠隔離島でも様子は同じで、コンクリート舗装を見ると、遠隔離島に来たという感じがします。


オカヤドカリ注意の看板


ハイビスカス


タコの木


そして都道の終点へ。公共交通機関はないので、集落から歩いて一時間くらい、真夏の日差しのもと、滝のように汗が流れます。



そして、ここが都道最南端。北緯26度37分は、沖縄本島に相当する緯度です。


右側の小山が「小富士」です。


南に連なる島々。


展望台から振り返ると、亜熱帯の森に覆われた母島の様子。


密林の遊歩道を抜け、集落に戻ります。


夕飯は、寿司屋で、島寿司。漬けマグロの握りは、八丈島由来。明治期に小笠原に移民した者の多くは八丈島出身者で、その伝統が受け継がれています。


こちらは、島の名産、パッションフルーツ。こうして切って、スプーンで実を穿り出して食べます。

今日は母島に宿泊し、明日のははじま丸で父島へ、そしておがさわら丸で本土へと帰ります。



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