Jul.7,8.2013 父島・そして東京へ Back to Tokyo


今日は本土に帰る日、まずは、ははじま丸で、母島を後にします。


この日は、父島からのおがさわら丸出航日。本土に帰る人たちが、島を離れる日。港では、人々が旅人を見送ります。


鯉のぼりならぬ、クジラのぼりも見送ります。



父島、二見港へ、これから乗る、おがさわら丸が出迎えます。


ははじま丸入港から、おがさわら丸出航まで、1時間ほど時間があるので、父島の大村地区を散歩します。



村役場、奥は郵便局。



ガソリンスタンド。本土から輸送するので、当然ですが割高です。


気象庁の父島気象観測所と、自衛隊の基地。全国版の天気予報でもおなじみの、小笠原の天気は、ここで測られます。


教会。ハワイからの移民の子孫の欧米系島民や、米軍統治時代に住んでいたアメリカ人などの信仰の場。小笠原の辿った数奇な歴史が伺える存在です。


Bonin Islands は、小笠原の英語名。無人=ぶにん=Boninというのが由来です。


ビジターセンターでは、小笠原の歴史がわかりやすく展示されています。欧米系島民は、元々英語を母語としていた人たち。それが日本語と混ざり、独特のピジン言語を派生させました。例えば、「さようなら」を「またみるよ」と言うそうです。そう、英語のsee you again を日本語に直訳したものが由来です。


小笠原生協。BITCはBonin Islands Trading Companyの略称。返還前の米軍統治時代から営業しており、その名称が残っています。


そのような経緯から、店にはアメリカの生活物資が並びます。これは、離島の生協としては、極めて特徴的です。



アメリカンサイズの洗剤。



巨大なホットケーキミックス。


農協では、小笠原の農産品が販売されています。



もう一つのスーパーでは、地元の食材として、こんなものが売られていました。あの亀煮の材料です。


他にも、小笠原で捕れた魚たち。メカジキやメバチマグロなど、大洋の魚が並びます。






さて、本土行きのおがさわら丸に乗船です。


本土に行く人は、みな週一便のこの船を使うので、乗り込む人々であふれかえります。


そして、港には、見送る人々。



演奏など、様々なパフォーマンスで見送りをしてくれる人々。




そして、出航した後も、見送りの船が追いかけて来る、小笠原の名物とも言える盛大な見送りです。





小笠原を離れ、大洋を北上する船。その上空を飛び去る飛行機。グアムかサイパンからでしょうか、飛行機なら2時間もかからない、そんな距離を、25時間半かけて戻ります。


翌朝、周囲には沢山の船が行き交う、東京湾に戻ってきました。


海ほたるの横を過ぎ、東京湾の奥へ入ってゆきます。


黄色く濁る海。真っ青な小笠原の海とはまるで違う海の色に、東京に戻って来たことを感じます。


羽田空港に着陸する飛行機。


夏雲の広がる東京都心。出た時の梅雨空とは打って変わって、鮮やかな夏色の空。梅雨の明けた、真夏の東京です。


この日の最高気温は35度。1000km北上したにもかかわらず、最高でも31度だった小笠原より暑い、灼熱の東京です。

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