八女福島


福岡県八女市の中心、福島は、江戸時代末期から明治初期に立てられた、居蔵と呼ばれる土蔵作りの街並みが特徴的な街です。天正15年(1587年)福島城が築かれ、慶長5年(1600年)の大修築とともに城下町が形成され、天和6年(1620年)に廃城となったあとも、八女地方の経済の中心地として栄え、往還道路沿いには、二階建ての大きな商家が軒を連ねる街並みが形成されました。その後、車社会の到来で商業地区としての役割は失いましたが、開発の波に飲まれることなく歴史ある街並みが今に残されています。






八女は、国内有数のお茶の産地。郊外には巨大な茶畑が広がり、市街にも八女茶を売るお茶やさんを数多く見かけます。



町家の外れには、神社の境内に飲屋街が形成された、不思議な一角があります。




福島は、明治期に鹿児島本線のルートから外れ、終戦後すぐ国鉄矢部線が出来たものの、昭和60年に廃止になり、鉄道はありません。筑後福島駅は、現在も駅跡が公園として残り、当時の駅舎が物置として移築され残されています。

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